人間は同調する生き物である!ゆえにセラピストの在り方が重要である

      2017/01/14

 

どうも、理学療法士の魚住です。

 

人間は同調する生き物です。

ゆえに、セラピスト自身の在り方 というものが

とても重要になってくるのです。

セラピスト自身の在り方が、目の前の患者さんや利用者さんに

“同調する” ということになるのですから。

 

セラピスト自身の心の状態や身体の状態が

目の前の患者さんや利用者さんに影響を与えてしまう。

その影響力というものを感じ取れないし、気づかない。

 

良い影響を与えているならまだしも、

そうとは言えない状態をつくり出しているということに

気づいていない “無知” で、“不感症” のセラピストが少なくない。

 

今回のブログでは、『同調』ということについて

話を展開していきたいと思います。

 

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人間は同調する生き物である

 

人間は、“同調” する生き物である

 

このことは、ご存知でしょうか?

 

知識や情報としての理解はないかもしれないですが、

これまでの人生の中で、誰もが体験していることです。

 

 

例えば、あなたの職場や家族の中で

誰か一人がイライラした状態の人がいたとしたら、

そのイライラが周りの人にも伝わります。

 

このように、誰か一人の状態が

周りの人間にも影響を与えるようになる。

 

イライラした状態というのは緊張状態です。

その緊張状態が、周りに “伝染” するってことです。

 

イライラが伝染し、その人自身の緊張状態が

周りの人間に伝わるってことです。

このように、同調する生き物なのです。

 

 

こういったことを踏まえて、

セラピスト自身の在り方。

 

それが、とても重要であるということは

これまでのブログでも何度もお伝えしていることです。

 

その根拠というのは、『人間は同調する生き物である』

ということから言っていたわけです。

 

 

目の前の患者さんや利用者さんが緊張している。

それは、他ならぬ “あなた自身” の緊張が

患者さんや利用者さんに伝染しているということなのです。

 

ある意味『写し鏡』であると言えるでしょう。

 

スピリチュアルの世界の話でも、自分以外の他者は

自分の内面を映し出している存在である、

ということが言われます。

 

 

それは、体験的にも “正しい” ことであると

感じています。

 

・自分自身が緊張すれば、

 目の前の患者さんや利用者さんも緊張する

 

・自分自身がゆるめば、

 目の前の患者さんや利用者さんもゆるむ

 

このことを何度も経験しているのです。

 

 

それは、あなた自身も臨床の場だけではなく、

日常生活の中でも体験していることだと思います。

 

こういった経験から、目の前の患者さんや利用者さんが

緊張していたら、『自分自身が緊張しているんだな』

ということだと捉えて、

自分自身が、ゆるむように心がけるようにしています。

 

 

“自分が” という視点でモノゴトを捉えるのではなく、

目の前の患者さんや利用者さんと同調するのですから

どのように同調するのか?

 

どのような状態で、在り方で同調するのか?

そういったことを大事にしています。

 

 

セラピスト自身の問題を責任転嫁していませんか?

 

目の前の患者さんや利用者さんの緊張がほぐれない。

そこに意識が囚われてしまうと、

患者さんや利用者さん自身に責任がある、

というように捉えてしまいます。

 

それは、患者さんや利用者さんの “せい” にしてしまう、

ということになるのです。

 

それは、セラピスト自身の視点がとても低い状態 です。

 

 

目の前の患者さんや利用者さんの緊張がほぐれない。

それは、セラピスト自身の問題 なのです。

 

その問題を、誰かの “せい” にして

問題のすり替えを行わないようにしたいものです。

勘違いセラピストにならないように心がけたいものです。

 

 

なぜ、セラピストの在り方が大事なのか?

そこにどれだけの問題意識を持っているのか?

 

あんまり?

ほとんど?

気にしていないセラピストって、本当に多いなぁ、

って感じるのは私だけではないと思うのです。

 

それは、『人間は同調する生き物である』

ってことを、身をもって理解していないからだと

言えるでしょう。

 

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あなたの在り方は、人様にお見せできるものですか?

 

セラピスト自身の意識の在り方って、

その人自身の姿勢であったり、歩き方であったり、

様々な所作に現れると思うのです。

 

こういった側面からみて、あなた自身の姿勢や歩き方、

そして様々な所作って、いかがでしょうか?

 

 

人様にお見せできるものなのでしょうか?

 

 

残念な姿勢であったり、歩き方のセラピストって

多いわけです。

現実問題として・・・。

 

とてもじゃないけど、人様に

お見せできるようなものではない。

そんな姿勢や歩き方をしているセラピストに

何が引き出せるのでしょうか?

 

 

いくら知識や情報で、より良い姿勢や動作を知っていても

それだけでは、より良い状態には導けないのです。

 

自分自身が、身をもって体験している、

体現しているからこそ、

身体で考えることができる。

 

それはつまり、より良い姿勢や動作を引き出すことができるし、

導くことができるようになるのです。

 

 

患者さんや利用者さんの立場からすると、

残念な姿勢や歩き方をしているセラピストに

担当して欲しいとは思わないですよね?

 

逆に、姿勢も歩き方も美しいセラピストが

目の前に現れて、担当することになったとすると

それだけで、印象は良いものになるでしょう。

 

 

抽象度の高い表現でいうなら

『軸』があるのか、ないのか。

そういうことになります。

 

『軸』が備わっているものには惹かれるものです。

 

 

自然界でいうと、大樹や野生動物です。

天地を貫く、『軸』を備え持っている。

 

それは、この地球上において重力場で

『調和』している状態を表しているからです。

 

秩序ある状態 です。

 

『軸』がある=秩序ある状態

 

 

その一方で、

無秩序な状態=『軸』がない状態です。

 

身体の使い方や在り方として、

エネルギー効率の悪い状態で存在している。

 

家でいうと、ゴミ屋敷です。

そのような環境にはなりたくないですよね?

 

 

エネルギーの高い存在と関係したい。

そう思うのではないでしょうか?

 

どうせ同調するなら、エネルギー状態の高いセラピストに

担当して欲しい。

 

エネルギー状態の低いセラピストと関係することで

患者さんや利用者さんには、

何にもメリットなんてないのですから。

 

 

まとめ

 

このブログでも、患者さんや利用者さんからコメントを

頂くことがありますが、その声はシビアですよ!

 

当事者として、シビアな声を頂きます。

 

それはそうですよね?

人生がかかっている。

 

当たり前の話なのです。

意識の低いセラピスト、

質の低いセラピストになんて担当して欲しくない。

そのように思うのは自然だと思うのです。

 

だからこそ、私たちセラピストは

自分自身の在り方を高めなければいけない。

 

 

人様にお見せできるような存在として

在り方を考えなければいけない。

ある意味、歩く広告塔のような存在なのですから。

 

その姿勢、その歩き方、

そして様々な所作は見られているのです。

 

細かなところまで意識が行き届いているセラピストだからこそ

患者さんや利用者さんのことも

細かなところまで配慮できたり、問題点を捉えることができる。

 

 

無秩序な状態で、重力場で調和できていないセラピストは

私はエネルギーの低い存在です、雑な人間なのです、

と言っているようなものなのです。

 

セラピスト自身の在り方。

もっと、意識を高めていくことが

重要なのではないでしょうか?

 

その身体の在り方で、

目の前の患者さんや利用者さんと

同調して良いのですか?

 

同調したところで、何か良いものを

創造することができるのでしょうか?

 

そこに 問題意識 を持ちましょう。

 

ということで、今回のブログは以上になります。

最後まで読んで頂いて、ありがとうございました。

 

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