あなたは目の前の相手をきちんと感じることができていますか?

      2018/11/28

 

どうも、理学療法士の魚住です。

 

多くのセラピストは、関係する目の前の相手を

きちんと感じることができていません。

つまり、目の前に存在する患者さんや利用者さんという “個” を無視した一方通行な関係性になっているということです。

 

セラピスト自身のやりたいことや、考えを目の前の相手に一方的に押し付ける関係性となっている。

そのような関係性しか構築できないから、関係する相手に、“違和感” や “不快感” しか与えることができずにお互いに緊張状態をつくり出してしまうことになるのです。

 

このことに対して、“無知” なセラピストが少なくない。

セラピスト自身の接触が、いかに “違和感” や “不快感” でしかないのか。

そこを自覚・認識することが重要なのです。

 

そうじゃないと、セラピスト自身が相手に受け入れてもらうことができないのです。

相手に受け入れてもらえない、ということは

何もできない、ということです。

ゆえに、相手の可能性や能力を引き出すことができない。

そのようなセラピストが増殖中です。

 

今回のブログでは、相手をきちんと感じること。

相手と対話し、コミュニケーションができるセラピストを増やすために

相手に触れること、相手に接触することについて考えていきたいと思います。

 

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その接触は相手を無視した接触になっていないだろうか?

 

関係性ということを考えたときに

相手とどのように接触するのか?

という問題があると思います。

 

もし、相手との接触について何も考えていないセラピストがいたとしたら、

それは、あまりにも自己中心的なセラピストでしかない。

 

接触することができていない。

接触している “つもり” になっている。

 

 

確かに、物理的な意味での接触はしています。

しかしながら、相手のことを無視した接触でしかない。

自分中心の接触しかできていない。

それっていうのは、接触することについて何も考えていない、ということが言えると思うのです。

 

あなたの接触が、いかに相手に 影響力のあるものなのか?

それを知らないのです。

ゆえに、“無知” である、ということです。

 

 

接触する=触れる

 

その接触は、きちんと “触れる” ということの目的を果たせているのか?

そこをきちんと考える必要があるということを言いたいのです。

 

もっと噛み砕いて言うと、その接触は、

相手のことをきちんと感じることができているものなのか?

ということです。

相手の存在を無視した接触になっていないだろうか?

そういうことを言っているのです。

 

 

ただ、何も考えずに、まるでそのへんのモノに触れるよう接触してしまうと、

その接触は、相手にとって “違和感” や “不快感” でしかない。

 

あなたの接触=違和感や不快感 である。

このような図式になってしまうのです。

 

このような図式でしか、接触できないセラピスト

このような図式でしか、触れることができないセラピストが少なくないわけです。

 

本当に、接触できているセラピストは少ない。

そういった現実があるのです。

 

自分は、そんなことはない。

きちんと接触できている。

きちんと触れることができている。

 

このような “つもり” になっているセラピストが多いのです。

それって、あまりにも “無知” ですよね?

 

一方通行な関係性しか構築できない、

“痛い” セラピストになっているのです。

 

そうじゃなく、双方向の循環を起こせるセラピストを

一人でも増やすことが重要だと考えています。

 

双方向の循環とは、コミュニケーションができるセラピスト、対話のできるセラピスト、ということです。

残念ながら、そういったセラピストがあまりにも少なすぎる。

そのような現実があるのです。

 

 

これを観て、あなたは何を感じるだろうか?

 

自分自身が、

・いかに “接触” というものができていないのか

・いかに “触れる” ということができていないのか

 

これを認識して頂くために、

YouTubeから、ある動画をご紹介したいと思います。

 

 

 

 

 

いかがだったでしょうか?

 

個々で、感性が異なっているために

どのように受け取って頂いたのかは分かりません。

 

しかしながら、“接触する” 、“触れる” ということの本質を知識や情報としての理解はできるのではないかと思います。

 

 

この動画に出てくる日野先生は、武道家です。

私も実際にお会いして、何度か学ばせて頂いたこともあります。

 

数年前に、古武術ブームがありました。

介護の方法などにおいて、古武術的な身体づかいを活かす、ということが流行った時期がありましたよね。

 

あの時には、古武術という世界の “身体づかい”という側面がフォーカスされました。

 

 

で、時の経過とともに、

あまり世間的にも関心が離れていきましたね。

今では、ほとんど聞かれません。

書店に行っても、古武術関係の本が簡単に発見できるようなところには置かれていない。

 

それはある意味仕方がないことだと思います。

世間の流れ、流行というのは一過性ですから。

 

 

古武術という世界。

それは、もちろん身体づかいという側面は、大変素晴らしいものがあります。

 

武術や武道というのは、究極的には『関係性』の世界です。

『関係性』の極み と言っても良いでしょう。

 

身体づかい、という側面でいうと

身体づかいを徹底的に効率化した世界だといって良いでしょう。

 

身体づかいに、無駄があると

それは『死』に直結するからです。

そのことは、武術や武道を嗜んだことがなくても

理解できることだと思います。

 

 

身体づかい、という側面だけがフォーカスされますが、

武術や武道というのは、身体だけの問題ではないのです。

 

それはわかりやすくいうと、力勝負ではない、ということなのです。

ゆえに、格闘技とは異なるのです。

格闘技だと、やはり体格。

それは力勝負という世界になります。

 

力のより強いものが勝つ。

ざっくり言うと、そういった世界です。

 

ゆえに、年を重ねるごとに、どんどん体力的な衰えが来る。

それは、加齢ともに衰えていく、という世界になるわけです。

選手寿命は長くない。

 

 

 

しかしながら、武術や武道の世界というのは

年を重ねるごとに強くなる。

 

本質的には、そういった世界です。

ということは、力の勝負ではない。

体格とか、筋力という側面での勝負の世界ではないのです。

 

力技ではない、ということは

力以外の “何か” が強力になっていく、ということになるのです。

その “何か” というのは、力の絶対否定の世界です。

 

 

もちろん、身体という物理的なものが動くのですから、力は使います。

しかしながら、力が強ければそれだけで相手よりも優位な状態に立てる、ということにはならないのです。

 

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対立しない関係性ゆえに調和が生まれる

 

武術や武道というのは、『関係性』の極みである。

先ほど、そのように書きました。

 

『関係性』というところに注目して欲しいのです。

上でご紹介した動画も、関係性という側面が

とても重要になってくるのです。

 

 

武術や武道というのは、力技ではない。

力勝負ではない。

 

力技、力勝負というのは、

対立する、という関係性 になります。

 

どちらが、優位に立てるのか?

そういった関係性です。

 

 

武術や武道というのは、相手を無力化する、

つまり、対立しない というものなのです。

 

それは合気道をご存知の方は理解できると思うのですが、

『和』する、ということが重要視されています。

 

『和』する、というのは、『調和』する 、ということです。

 

『調和』するということですから、もちろん、対立ではないですよね?

 

 

相手の上に立つとかではなく、優位な関係性になるとか、そういったことではないのです。

 

横並びの関係性 です。

 

ゆえに、一方通行的な関係性ではないですよね。

双方向に循環が起こる関係性です。

 

 

 

それはつまり、

対話であり、コミュニケーションがあってこそ成り立つもの である。

そのように言えると思います。

 

ここなんですね。

 

多くのセラピストが、テクニックや技術を求める。

臨床で使うために、ハンドリングを学ぶことによって自分自身を高める。

そのこと自体は、何もおかしくないと思います。

 

 

しかしながら、方向性としてはズレている。

そのように思います。

 

なぜなのか?

 

それは、一方通行な関係性だからです。

何かのテクニックや技術を学び、ハンドリングに活かそうとする。

 

それっていうのは、学んだことを

そのまま臨床に持ち出す、ということです。

実際問題として、学んだものをそのまま臨床に持ち出しても、それは使えるものではない。

 

なぜなら、そこには一人の人間という個性ある存在がいるからです。

目の前の存在は、機械やロボットのような人間ではない。

 

あなたが何かの表現をすれば、

何かしらの反応を返してくれる存在だからです。

 

その反応というのは、誰もが同じ反応を返すことはない。

個々で異なる反応を示す生き物 だから。

 

 

ここが抜け落ちているから、

いくら勉強会や講習会、セミナーに参加してもあなた自身が成長や進化できないのです。

 

目の前の存在に、フィットできない。

学んだものを応用して、適応できない。

適応力が身についていないことが問題なのです。

 

こういったことから、私のブログでは口やかましく『関係性』が重要である、ということを書いているのです。

 

 

テクニックや技術ありきではなく、まずは関係性の構築が重要である

 

きちんと対話する、

きちんとコミュニケーションができる。

そういった存在にならない限り、何も創造できないのです。

 

 

あなたは、接触について、触れるということについて、どれだけ深く向き合っているでしょうか?

あなたのセラピストとしての質を向上させるためには、この問題は決して軽視できないものです。

多くのセラピストが、『関係性』というものをあまりにも軽視し過ぎている。

そのように感じるのです。

 

 

テクニックや技術を磨くことも重要です。

しかしながら、まずは『関係性』なのです。

 

相手に受け入れられない限り、何もできない のです。

何もさせてもらえない のです。

 

できている “つもり”  。

そういう状態になってはいけないのです。

全然、関係性を構築できていないのですから。

 

相手と、深くつながることができていないのですから。

そこを理解しましょう。

そこに気づきましょう。

 

でないと、いつまで経っても

あなた自身の成長や進化にはつながりません。

 

 

視点を上げて、視野を広げること

 

武術や武道なんて、殺し合いのない、今のご時世に一体何が関係しているの?

そんな狭い視点しか持てない人は、今以上に世界を広げることはできないのです。

 

武術や武道というものを視点を上げて考えてみたときに

理学療法の世界と、どこが共通点としてつながっているのか?

 

そこを考えてみると、『関係性』という部分で共通している。

 

だから、その部分でつなげてみたときに

武術や武道という世界から、何を学べるのか?

そこに注目するべきなのです。

 

 

この業界って、とても閉鎖的であり、保守的ですよね?

それは、専門以外の世界には目を向けない。

そういった傾向が強いのです。

 

だから、どんどん世間から取り残されるし、

専門的に偏っていくことで、より世界を狭めてしまっている。

そのことに気づくべきです。

 

 

どんな世界とも、視点を上げてみることで

つながっている部分がある のです。

そこを見ることができるのか、捉えることができるのか。

 

それが、セラピストとして成長・進化していくために欠かせないこと なのです。

 

ということで、今回のブログは以上になります。

最後まで読んで頂いて、ありがとうございました。

 

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