問いをもたないから、あなた自身の可能性や能力が閉ざされている

      2018/11/28

 

どうも、理学療法士の魚住です。

 

あなたは日々、様々な『問い』を

もちながら生きているでしょうか?

 

何も『問い』をもつことなく、

無意識的に、受動的に生きてしまっているとしたら、

それは、人間として健全な営みをしているとは言えないでしょう。

 

“問う” ことを忘れ、与えられた情報だけを

受け取りながら生きている。

それでは、あらゆる情報に流されて生きているだけで、

人間的な成長や進化を放棄した生き方でしかないと思うのです。

 

今回のブログでは、『問い』をもつことの重要性について

ブログを書き進めていきたいと思います。

 

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『問い』をもつことを放棄していませんか?

 

『問い』をもつこと。

 

生きていると、様々な “矛盾” や “葛藤” を生じ、抱えます。

そのときに、生まれるもの。

それが『問い』だと思うのです。

 

しかしながら、『問い』を無意識には生じていても

それを顕在意識には上げない、上がらない人がいます。

 

つまり、『問い』をもたない 

ということです。

 

 

『問い』をもたない。

それは『問い』をもつ、という選択をしない、

ということでもあります。

 

本当は、様々な “葛藤” や “矛盾” を感じている。

でも、それを見ようとしない、

受け入れようとしない。

そういう状態に陥っている、ということです。

現実世界から、逃避している、

ということでもあるわけです。

 

それは、

自分の狭い世界、自分の主観に偏った世界に

引きこもっている状態、閉じこもっている状態

なのです。

 

 

自分の価値観を絶対化し、世界を狭める方向で生きていないだろうか?

 

人は、自分の主観に偏った世界で生きています。

ゆえに、自分自身の価値観を絶対化する方向で生きてしまっている。

こういう特性があるがゆえに、どうしても世界が偏ってしまうのです。

 

自分の受け取りたい情報

自分にとって重要だと思う情報

そういった情報だけを選り好みして

情報の取捨選択をしながら生きているのです。

 

誰もが自分の外側の世界が “怖い” 。

ゆえに、何か “確か” なものに依存したくなるのです。

 

 

本当は、私たちが生きているこの世界には

何一つとして “確かなもの” なんてないのに、

それが “ある” と思い込みながら、

“確か” であると思い込んでいるものに

依存しながら生きている のです。

依存することで、安心と安全を

手に入れることができるのですから。

でも、それは一時的なものでしかありません。

 

その代表的なものとして存在しているものが、人それぞれに持っている “価値観” なのです。

あなた自身の価値観。

 

それが、あなたの中で

“絶対的” な存在として君臨している 

 

 

絶対的な存在として君臨しているがゆえに

その価値観が “ゆらぐ” ことがあってはいけないのです。

絶対的な存在として君臨しているものが “ゆらぐ”

ということは、精神不安に陥ってしまいます。

 

“確か” なものがゆらぐ。

その不安と恐れの感情。

それを感じたくない。

その不安定な状態を体験したくないのです。

 

だから、自分の価値観とは異なるものは受け入れようとしないのです。

つまり、排除するという排他的な生き方を選択してしまっているのです。

 

 

自分とは異なる価値観と交わることの重要性

 

自分の外側の世界が怖い。

先ほど書いた言葉です。

 

それが、どういうことなのか?

ここで説明しますね。

自分の外側の世界と交わること。

それがどういうことなのか?

そこが大事になってきます。

 

自分の外側の世界と交わる、ということは

自分の価値観とは異なる価値観と交わる、関係する

ということになります。

 

 

その際に、自分の価値観とは異なるものを受け入れてしまうと、

これまでに絶対的な存在として君臨してきたものが“ゆらぐ” ことになる。

その結果、精神不安に陥ってしまうのです。

・地に足がついていない状態

・ふわふわと浮いている状態

 

身体の感覚としては、そのような状態に陥ってしまうでしょう。

 

『心、ここにあらず』の状態となってしまい、

心と身体が乖離した状態に陥ってしまうのです。

 

 

説明が抽象的で理解できない。

そのように思われるかもしれません。

 

なので、ここで一つ具体的な話をしたいと思います。

 

私たちが住んでいるこの日本は、地震大国です。

地震がないときは、地面はゆるぎない存在として確かに “ある” ものですよね?

 

地面は、動かない。

地面は、確かにここにある。

そのような認識でしょう。

 

でも、地震が来ると、その認識は大きく覆えされます。

さっきまで、そこに “確か” に存在していたものが大きく “ゆらぐ” のですから。

 

そして、地震がおさまった後、身体の感覚は、変化していませんか?

足裏の感覚、足首の感覚に注目して下さい。

 

地に足がついていない感覚、

地面にフィットしていない感覚があるのではないでしょうか?

 

 

そして、身体の変化だけではなく、心の状態も変化していませんか?

どこか落ち着かず、不安や恐れの感情を抱いていないでしょうか?

確かに、存在していたものが “ゆらぐ” 体験をすると一気に精神不安に陥るのです。

 

それは、地面から切り離された感覚に陥ってしまうからでしょう。

不安になり、恐れの感情が湧き上がるのも当然なのです。

 

 

自分の殻に、世界に閉じこもっている状態が、安全、安心という思い込みから解放せよ!

 

このように絶対的に存在してるものが “ゆらぐ”

ということがあってはいけない。

 

ゆえに、多くの人は自分の外側の世界と

交わろうとしないのです。

 

自分の外側の世界と交わると、

自分とは異なる価値観と交わってしまうから。

 

交わることで、自分の中に存在する

絶対的な価値観が “ゆらぐ” ことになるからです。

それを避けたい。

 

 

こういった背景があり、多くの人は自分の世界に閉じこもり、

引きこもった状態で生きているのです。

 

自分の中に存在する絶対的な価値観。

自分自身が依存するための “確か” なものを守るため、

いつでも依存し、安心と安全を感じられるものを

なくさないために、です。

 

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身体を使って腑に落とさない限り、妄想の世界だけが拡がっていく

 

ここまでの話を踏まえて、『問い』をもたない、

ということについて、もう一度考えていきましょう!

 

『問い』をもつこと。

それは自分自身が感じていること、考えていることが

本当なのか、それを検証するきっかけです。

 

自分の頭の中の世界、つまり抽象世界の出来事を

現実世界と掛け合わせたときに、

果たして、それが正しいものなのか?

それを検証するきっかけとなるものです。

 

それが『問い』なのです。

 

 

特に超情報化社会になった今、自分自身で体験しなくても

あらゆる情報を得ることができます。

多くの情報を簡単に手に入れることができる。

ゆえに、頭では知識や情報として理解している。

でも、体験として理解していないがために

知識や情報だけで止まっているのです。

 

 

身体では理解していない。

身体で理解していないから、妄想で終わっているのです。

 

実体験として理解していないから、いつまでも

頭の中の世界、抽象世界の出来事として終わっている。

 

大事なことは、身体を使って腑に落とすこと なのです。

自分で体験してみて、理解する。

そういったプロセスがあまりにも欠けている。

 

 

頭の中の世界に引きこもっているから、心と身体が乖離していく

 

私たちが生きているのは、現実世界 です。

この物理的現実世界において

身体という物理的なものを使って生きている。

そこが軽視されているのです。

だから、どんどん  心と身体が乖離してしまう 

という状態に陥ってしまっているのです。

 

現実を直視できない。

現実を受け入れられない。

自分の中の価値観を絶対化する方向で

生きてしまっているがために

頭の中の世界、抽象世界に引きこもって生きている。

 

だから、どんどん不感症になってしまうのです。

身体の感性が、低下していくのです。

 

その結果、コミュニケーション能力が低下してしまう。

関係性がおかしくなってしまうのです。

 

 

『問い』をもち、『問い』を検証していく、というプロセスは、

自分の外側の世界に足を踏み出す 、ということなのです。

 

自分の主観に偏った狭い世界の中から

枠を広げるプロセスなのです。

自分の世界を広げるためのプロセスなのです。

こういったことをやらないから、

多くの人は、世界が広げられないのです。

 

 

自分の狭く偏った世界に閉じこもり、

引きこもり、妄想の中で生きている。

 

いくら頭の中の抽象世界は広がっても

現実世界は何も更新されない。

 

なぜなら、頭の中の世界、抽象世界を

現実世界と交わらせることをしないのですから、

何も現実世界は更新されないのです。

 

頭の中の世界だけが広がっている。

 

それは、どんどん不感症を強めてしまうことになります。

自分の価値観を絶対化する方向に走ってしまうのです。

何も、成長や進化は望めない。

あなた自身の世界を広げたいと思うなら、

『問い』をもつことです。

 

そして、その『問い』を検証することが大事なのです。

現実世界と掛け合わせてみて、

それが果たして正しいものなのか?

抽象世界と、現実世界を交わらせてみる 

 

それが重要なのです。

 

 

自分の価値観が刷新される=人間的な成長や進化である

 

『問い』をもつようになれば、『問い』しか生まれない。

 

なぜなら、私たちが生きているこの世界は

矛盾と葛藤だらけ だからです。

 

『問い』をもちながら生きていくことで

世界を広げることができます。

 

自分の価値観にすがることなく、

どんどん自分の価値観を刷新していくことができます。

 

 

 

自分の価値観が刷新される、

ということは自分自身の成長や進化 なのです。

 

同じ価値観で生きていくというのは、

現状維持であり、退化の道 です。

 

 

私たちは “身体” という物理的なものを使って

この現実世界を生きています。

 

だからこそ、身体を使って現実世界との関係性を、

新たな関係性へと再構築していくこと。

 

それが、人間的成長につながり、

世界を広げることになるのです。

 

 

あなたの見ている世界は、自分の内側から見た世界でしかない。

 

自分の外側の世界に足を踏み入れて、

これまでの狭く偏った世界から抜け出ることができたとき、

自分は、なんて狭い世界に閉じこもっていたんだろう、

と思えるようになるでしょう。

 

自分の内側からしか、世界をみることしかできない。

ゆえに、どんどん世界が偏り、狭まっていくしかないのです。

 

自分の外側から、自分自身をみてみることができるようになれば、

色んな視点を持つことができます。

 

視点が増えれば、それだけ捉え方が増えるのですから。

このように、視点を増やすことが重要なのです。

自分の内側から、外側しかみれない。

 

そうじゃなく、自分の内側から外側をみる視点と

自分の外側から自分自身をみる視点の両方を持つことが

大事なのです。

 

分かりやすい言葉で言うと

自分自身を客観視できる視点を持つということです。

 

自分自身を客観的にみれない視点しかないですよね。

それだと何も世界は広がらないし、

どんどん視野も狭くなり、偏ってしまうのです。

 

 

お年を召した人で多いのは、

年をとるにつれて頭が固くなる、という人です。

意固地な人。

 

年を重ねなくても、そういう人いますよね?

 

これは、こうと決めたら動かない。

自由度がない。

発想が限定的です。

そのようになってしまうのです。

 

自分の中の価値観が絶対化してしまっている。

それがあまりにも、偏ってしまっているがゆえに

そのような人間性になってしまっている。

 

そうなってしまってはいけないのです。

 

『問い』をもたずに生きる、

ということは、そのような人間になってしまう

危険性が大きくなる、ということです。

 

視野が狭く、極度に凝り固まった視点しかもてない。

 

私たち人間は創造的な生き物です。

より良いものを創造すること。

 

創造により、自らの世界をどんどん広げていくことこそが

人間的な成長であり、人間としての健全的な営みだと思うのです。

 

 

まとめ

 

あなたは、『問い』をもって生きていますか?

 

人間的な成長にフォーカスするなら

『問い』をもたずに生きることは、できません。

自分の外側の世界と交わることは怖いです。

未知の世界に足を踏み入れることは怖いです。

 

でも、その “怖さ” と引き換えに、

世界を広げることが可能となり、

自分自身の成長や進化を手に入れるとができるのです。

どのように捉えるのか、ということなのです。

 

自分の外側の世界が怖いから、自分の狭く偏った世界に

引きこもり、閉じこもったまま生きていくのか、

人間的な成長と、自分自身の世界を広げ、

自由で、創造的な人生を生きたいのか

どちらをも選択できる のです。

そういった意味では、本当は自由なのです。

 

でも、多くの人は前者を選択しながら生きているから

自らを不自由にしながら生きている。

あなた自身が選択した道なのです。

選択を変えることで、自由を手に入れることができるのです。

 

恐れずに『問い』をもち、検証していくこと。

それが大事なのです。

 

 

子どもって、めっちゃ聞きますよね?

『なんで?』

『どうして?』

そういったものは、大きくなるにつれ、考えなくなるし

言わなくなります。

 

それは、自分自身の中で、固定概念や思い込み、

先入観を多く持ってしまうからです。

それらが、自分自身を不自由にしている元凶なのです。

 

だからこそ、『問い』をもち、検証していくことで

固定概念や思い込み、先入観を破壊していくことが

重要なのです。

 

そのことで、あなた自身を囲っている強固な壁や枠を

壊すことができるのです。

 

壁や枠が壊れれば、これまで見えなかった世界が

見えるようになる。

 

そういう体験をどれだけ積み重ねることができるのか?

それが人間的な成長や進化につながるのですから。

 

ということで、今回のブログは以上になります。

最後まで読んで頂いて、ありがとうございました。

 

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