姿勢や動作をうまく導けないのは、あなたの意識が過去に取り残されているから

      2017/01/16

 

どうも、理学療法士の魚住です。

 

セラピストは目の前の患者さんや利用者さんと

対話することが、重要である

ということをこのブログでは、何度もお伝えしています。

 

それと、同時に

頭で考えてリハをやらない ことも書いています。

 

これは、言葉だけを汲み取ると語弊があるので、

どういった意味合いで、

私が『頭で考えない』という言葉を使っているのか

ということについて書いていきたいと思います。

 

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考える過程は必要である

 

『頭で考えない』といっても、理学療法士になりたての頃や、

何かの壁にぶち当たったときには考えることが必要ですよね。

 

そうやって考えていくことで、

何らかの『答え』が導き出される。

 

 

そして、その『答え』を仮説として

実際に臨床の場で検証していくというプロセスを踏む

ということがとても大事なことでしょう。

 

そういったプロセスを踏むということで、

あなた自身の身となり、引き出しが

増えることになるのですから。

 

 

そういったプロセスを踏まないことには、

セラピスト自身が提供している内容が

“ルーティンワーク” となってしまうのです。

 

そういったセラピストは少なくないですよね?

本当に、そう思ってしまいます。

 

乱暴な言い方をするなら、

『素人でも出来るようなことしかやらない』

ということです。

 

どっからどう見ても、考えてやっているようには見えない。

 

そこで繰り広げられているのは、ただの『作業』です。

機械的な『作業』にしか見えないのです。

 

そういったセラピストが少しでも減っていかないと、

業界全体の質は高まらないでしょう。

 

 

中には、やる気がないわけではないセラピストもいるのです。

 

でも、考えてやっていないから、それでもプロなの?

って聞いてみたくなるようなセラピストもいるわけです。

それもある意味仕方ないかな、とは思っています。

 

 

排他的で、閉塞的なこの業界

 

私自身が思うのは、この業界って狭いなぁ、

ってことです。

 

なんていうか、広い視点でモノゴトを考えることができない。

理学療法士という狭い枠組みの中だけで、

モノゴトを考えている。

 

つまり、偏った狭い世界の中だけで

モノゴトを完結させてしまっている。

柔軟性がない んですよね。

 

 

プライドが高い上に、柔軟性がないから

理学療法という世界以外のものには目が向かない。

向いたとしても、見て見ぬ振りをしている。

とても 排他的なイメージ を感じます。

 

そういったことを感じているのは、

私だけではないと思います。

 

 

現に、理学療法士も独立して

自分自身のやりたいことを生かして

起業しているセラピストも増えてきました。

 

そういった流れはいいと思います。

 

偏った狭い世界になっている理学療法士の世界という

枠組みを壊していくには、

そういった流れというのは、大事だと思うのです。

 

 

考えるのではなく、感じること

 

話がえらく逸れてきました。

 

元に戻しましょう。

『考えない』という話でしたね。

『考える』というプロセスは、セラピスト自身の成長や

進化のためには大事なことです。

 

 

でも、『考える』ということをやるのは、

目の前の患者さんや利用者さんに触れているときに

やることではありません。

 

触れているときにやるべきことは

『考える』ことではなく、

『感じる』ことです。

 

 

患者さんや利用者さんの身体に触れている手に

かえってくる身体の声を聴くことなのです。

考えていたら、とてもじゃないけど感じられないのです。

 

感じなきゃいけないのに、考えてしまっていると

セラピストの意識は、

目の前の患者さんや利用者さんには向かないですよね?

 

 

セラピストの意識の矛先は、セラピスト自身の頭の中 です。

それだと、目の前の患者さんや利用者さんとの対話ができない

 

対話ができない、ということは

セラピストの頭の中で考えたことを

前の前の患者さんや利用者さんに押し付けている

ということに他ならないのです。

 

ここまでの話は、頭では理解出来ると思います。

 

それと同時に、ここまで読んで頂いたあなたは

別の問いが生まれたかもしれません。

 

 

『対話』が重要なことは分かった。

でも、『対話』しているだけなら、

何もできないではないか、という “問い” です。

 

相手の身体に触れて、相手の身体の声を聴く。

それだけでは何にもならないし、

動かないじゃないか、ということですよね。

 

そうなんです。

 

 

セラピストがするべきことは、『対話』し続けながら、

同時進行で、目の前の患者さんや利用者さんの身体を

整えたり、動作を引き出していく、

ということをやっていかなければいけないのです。

 

そこに『考える』ということを挟み込んではいけないのです。

 

『考える』ということをしてしまうことで

セラピスト自身の意識が、セラピストの頭の中に

矛先が向いてしまうということが問題である、

ということを先ほど書きました。

 

 

実は、『考える』ということの問題は

それだけではないのです。

 

それが何か?

これから書いていきたいと思います。

 

 

頭で考えることの弊害

 

私たちは意識があるから、どんなことをしているのか、とか

どんなことを考えているのか、とか

あらゆるモノゴトを認識することができていますよね?

 

意識できないものは、認識することはできません。

 

 

さて、この意識の矛先を向けた事象は

認識することができますが

(中には認識できないものもありますが)

 

時間軸の流れでいうと、

あなた自身の感覚としては “いま” ですよね?

 

でも、正確には “いま” ではない のです。

 

過去なのです。

過去を認識している のです。

より正確にいうと、200ミリセカンド遅れた “いま”

を認識しているのです。

 

 

私たちが感じていること

意識できていることは、すべて過去のことです。

200ミリセカンド遅れた過去を認識しているのです。

 

感覚的には、そうは感じないですが、

これは事実なのです。

 

 

このことを踏まえて、患者さんや利用者さんの身体に触れている手から感じる身体の反応というものは過去の反応を捉えている、ということになる のです。

 

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セラピストが感じていること、捉えていることは “過去” でしかない

 

ここからが、重要になってきます。

しっかり読んでイメージしていって下さい。

 

セラピスト自身が感じていることは、過去のことである。

 

だから、患者さんや利用者さんの身体に触れて、

より良い姿勢や動作を促す際に、

患者さんや利用者さんの身体と対話しながら

操作(ハンドリング)していきますよね?

 

 

患者さんや利用者さんの身体の反応を感じ取りながら

セラピスト自身の操作(ハンドリング)に

フィードバックしていくのですが

頭で考えてやっていると、どんどん局面が移り変わっているので

すでに過去に取り残されていくわけです。

 

時間の流れに置いていかれる、

ということになるのです。

 

 

 

過去の局面に、セラピストの意識は取り残されているけど

本来いるべき空間、局面は

すでに数手先の局面に移動してしまっているのです。

 

未来を先取りしながら、操作(ハンドリング)しなきゃいけないのに

過去の局面、とっくに過ぎ去った局面で何とかしようともがいている。

 

だから、うまくいかないのです。

 

 

 

セラピストは、未来を先取りして

常に、次の局面に空間に移行して

場を創造していかないといけないのです。

 

これは、こうして言葉で書いていますが、

そう簡単に理解できることではないと思うのですが

あえて、そこに挑戦しています。

 

身体でしか理解できない世界のことを書いているのです。

 

 

 

未来の先取りが重要である

 

セラピスト自身がやるべきことは、

未来の先取り です。

 

未来の先取りとは、何か?

 

それは、

次の局面へと患者さんや利用者さんを導く

ということ です。

 

次の局面とは、新たな空間への移動です。

さっきまであった空間、さっきまで居た空間を抜け出し

次の移行先の空間へと移動する。

 

それを絶えずやっていく必要があるのです。

時間軸の移動を止めてはいけないのです。

 

 

感覚としては、止まっているように感じると思いますが、

それは感覚の世界の中だけの話であり

現実世界は、常に移動し続けているのです。

 

だから、絶えず未来に先行して移動し続けなければいけないのです。

空間を創造し続けなければいけないのです。

 

 

 

さっきまであった空間を壊し、新たな空間を再創造して

そこに患者さんや利用者さんの身体をフィットさせていく。

空間を創造することができるから、

移動先が提示できるのです。

 

さっきまであった空間を破壊できなければ

新たな空間を創造することはできない。

 

 

このように

破壊と創造を繰り返しながら、時間軸の流れに沿わしていく。

 

これができないと、うまく動作を導けません。

動きを止めてしまうのです。

邪魔してしまうことになるのです。

 

 

どうでしょうか?

イメージできましたか?

 

そもそも、時間軸の流れを

過去→現在→未来、という流れで流れているという

先入観、思い込みの世界で生きていると

これまでに書いてきたことは、

全く理解できないでしょう。

 

時間軸は、実は未来から流れてきているのです。

このことを理解しないと、腑に落とせない話だと思います。

 

 

受動意識仮説

 

私たちのあらゆる言動や行動は

あたかも自分自身が考え、選択したことの結果である

と思い込んでいます。

 

でも、実はそうではない。

 

能動的ではないのです。

全て受動的 なのです。

 

 

イメージとしてはこうです。

脳にはたくさんの細胞があります。

その脳細胞一つ一つが、小人だとします。

 

脳に無数に存在している小人が、

ああでもない、こうでもないなど

色々と議論をした結果、導き出されてものが

行動や言動として採用されている、ということです。

 

これを『受動意識仮説』と言います。

(興味がありましたら、検索してみて下さい。)

 

 

私たちには、自由意志というものがない。

全て、受動的に行動させられているという話です。

 

じゃあ、意識というものが何をしているのかというと

脳の中の小人が導き出した結果を、

“観察する” という働きをしているだけ なのです。

 

私たちには自由意志がない、ということは

実験でも証明されていることです。

実際に何かの行動を起こす前に、その行動に対応する脳細胞が

数秒前から活動し始め、発火しているというものです。

 

だから、脳の活動状況をモニタリングしていれば

この先にどういった行動を起こすのか、

ということが分かるらしいのです。

 

 

過去を生きている私たち

 

このように、私たちは “いま” を生きていない のです。

“いま” を生きていると錯覚して生きている

ということなのです。

 

認識しているものは全て “過去” なのです。

“いま” と感じているものは、“過去” なのです。

 

 

だから、“いま” 起こっていると思い込んでしまっているものは

すでに過ぎ去ったことなのです。

 

過去の情報として受け取るのは良いのですが、

過去の世界、空間にさかのぼって、

そこで何かしようとしても意味がない、

ということなのです。

 

時間軸はどんどん流れているのです。

未来から過去に流れている。

その流れに逆行してはいけないのです。

 

だから、未来を先取りした展開ができないと

患者さんや利用者さんの可能性や能力は引き出せないのです。

 

 

いかがだったでしょうか?

頭で考えても、ここまで書いてきたことは

腑に落とせないと思います。

 

 

まとめ

 

今回のブログで、決局のところ何が言いたかったのかというと

頭で考えていたら “遅い” ということです。

 

意識で認識できることは過去のことなのですから

頭で考えることをしていても、

それは過去にさかのぼっているだけにすぎないのです。

 

どんどん流れていく時間軸と逆行することをやっても

それは何も創造することはできないのです。

頭で考えて、こうかな?ああかな?

って感じで、リハをやっていても何もできない、

ということをお伝えしたかったのです。

 

 

未来を先取りし、

新たな空間を創造し、

そこに導いていく。

 

それができないと、何も創造できません。

可能性や能力を引き出せない、ということなのです。

 

私たちが、何かの行動をするときも同じことなのです。

次の空間があって、そこに自分自身をトレースしていくのです。

 

 

今のカタチから、次のカタチへと移動するのではなく、

まず先行して、未来のカタチがあって、

そこに今のカタチを崩してはめ込んでいく。

 

そのような流れで、すでに先行してあるイメージというか、

カタチというか、抽象度を上げると空間になるのですが

そこに自分自身をはめ込んでいく、というイメージで

行動しているのです。

 

 

自分自身の行動が上手くいかないというのは

先行するカタチが不明確であったり、空間を創造できていないから

そこに持っていけないし、はめ込めないということなのです。

 

実際に、歩くときに実験してみればイメージしやすいと思います。

歩くという行為は、どんどん局面が移動していきますよね?

 

 

今の状態(正確には “少し過去” )から、

前に振り出した脚の踵が地面に着いたら、どのように足の上に

スネ、大腿、骨盤、体幹、頭頸部を構築しようか、という流れで

次の局面に移行していくのと

 

先行して、次の局面のイメージが明確にあって、

そこに身体をはめ込んでいく感じと

どちらの方が歩きやすいというか、スムーズな歩行ができるのかを

試してみて欲しいのです。

 

 

イメージ力が乏しいという問題があれば、

前者になると思いますが、

後者の方が、歩きやすいし、

空間の移動がスムーズだと思います。

 

私たちも実は、知らず知らずのうちに

このように空間を先取りしながら動いているのです。

 

移行する空間を先行してつくり出し、

そこに自分自身をはめ込んでいく。

そのようなメカニズム?があるわけです。

 

 

だから、過去のブログ記事

空間を拡げることがリハの本質である icon-share-square-o 

でも書いたのですが、リハの本質は『空間』の創造 なのです。

 

その話をし出すと、とんでもない量になるので、

今回のブログはここまでにしておきます。

 

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ということで、今回のメルマガは以上になります。

最後まで読んで頂いて、ありがとうございました。

 

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