その “お粗末な” 身体で一体何を引き出せますか?

      2017/01/15

 

どうも、理学療法士の魚住です。

 

これまでに、様々なセラピストをみてきましたが、そこで感じるのがセラピスト自身の姿勢や動作が “お粗末である” ということです。

 

そんな “お粗末” な身体を持っていることに何の違和感を感じない “痛い” セラピスト が数多く存在している、というのが業界の現状です。

人様に、より良い姿勢や動作を指導、提示する立場にある身として、自分自身の身体に無頓着なことを問題とは捉えられないのでしょうか?

 

今回のブログでは、なぜセラピスト自身の身体を整える、ということが重要なのか?

そのことについて話を展開していきたいと思います。

 

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あなた自身の身体に無頓着なのに、相手から何を引き出せますか?

 

あなたの周りのセラピストの姿勢や動作を観察してみて下さい。

お世辞にも、整った姿勢をしている、

力みのない自然体な動きをされている、

というセラピストはほとんどいないですよね?

 

そもそもどういった姿勢が良い姿勢なのか、どういった動きが良い動きなのか、という問題はありますが、

 

人様の姿勢や動きを改善する立場にあるセラピスト自身の姿勢や動作がよろしくない、となると

そのようなセラピストに、患者さんや利用者さんはみて欲しいと思うのでしょうか?

 

 

あなた自身が、逆の立場だったら遠慮しますよね?

肩周りの緊張が高くて、肩コリや首コリといった問題を抱えているセラピストは少なくないでしょう。

 

また、腰痛持ちのセラピストも少なくないですよね。

 

どこかしら痛みは自覚していなくても、身体がこり固まっているセラピストは少なくありません。

 

 

そもそも、姿勢自体が崩れていて『軸』が通っていないし、歩き方もひどい。

 

そのようなセラピストにみられる患者さんや、利用者さんのことを想うと理不尽でならないのです。

このような考えを持っているセラピストは、少ないと思います。

 

こういった視点を持っているのは、自分自身の身体との対話をいかに丁寧に、深いものを積み重ねてきたのか、という背景があってのことです。

 

 

相手の可能性や能力を引き出すために必要な要素とは?

 

常に、自分自身の身体と対話し続ける。

そのような意識を持って日々の生活を送っているセラピスト自体が少ないですね。

身体の専門家であるセラピスト自身が、お粗末な身体をしている。

 

それは、どうなのでしょうか?

 

なぜ、このような問題提起をしているのかというと、私たちセラピストは、患者さんや利用者さんの可能性や能力を引き出すという役割があります。

そういった立場にあるということは、自分自身の姿勢や動作について、もっと丁寧に向き合わなければ引き出せないのです。

 

 

どういうことでしょうか?

 

・自分の持っているもの以上のものは提供できない

・自分のみている世界、感じている世界という『枠組み』を超えたものは提供できない

このような前提があります。

 

このことを理解できているセラピストは、かなり少ないでしょう。

 

知識や情報さえ備え持っていれば、それだけで良いセラピーができる、と思い込んでいる。
何かのテクニックや技術というものと合わせて、より良い姿勢とか、より良い動作というものの知識や情報を得ることができたら、それを患者さんや利用者さんに提供することができると思っているのです。

 

 

しかしながら、実際問題として

より良いものを提供することができないのです。

自分の持っているもの以上のものは提供できない のです。

 

自分の持っているもの、というのは、

知識や情報のことではありません。

あなた自身の積み重ねてきた体験によって、あなた自身が身につけてきたもののことです。

 

そういった経験というものが、情報として身体に沁み込んでいる。

そして、あなた自身の使う言葉に情報として凝縮されているのです。

それが、あなた自身の姿勢であったり、動作などの所作として現れるのです。

 

あなたの体現している姿勢や動作は、あなたという個性を表現している情報体とも言えるでしょう。

 

こういったことを踏まえて、

あなたの身体で体現できる以上のものは、目の前の相手に提供できないのです。

だから、セラピストの姿勢や動作が “お粗末である” というのは 致命的な問題 なのです。

 

『いやいや、姿勢とか動作とか、より良いものを提供できますよ』というセラピストもいるでしょう。

もちろん、表面的なカタチは整えることができるかもしれません。
でもね、それは 中身が整っていない状態でしかない のです。

中身のない、“実” のない、虚像なのです。

 

 

具体的にいうと

それは身体における表面上の筋肉でカタチを無理矢理つくり出した状態でしかないということです。

深層の筋肉は働いていないし、使えていないのです。

 

だから、見た目はいくら整えることができても、それってあくまでも見た目が整っただけであって、

実際に動くとなると、動作がバタバタするし、ぎこちない動きにしかならないのです。

 

表面上の筋肉で固めてつくり出した姿勢や動作は、使えない、実用性のないものでしかありません。

 

姿勢や動作が “お粗末な” セラピストは本質的な動作観察、姿勢観察ができません。

 

表面的な問題はみえても、本質的な部分がみえない。

 

だから、目に見えるカタチだけにこだわってしまうのです。

本質的な部分がみえないがために、そのようなセラピーしかできないのです。

 

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表面的な部分に目を向けるのではなく、モノゴトの本質を捉える力を身につけよう

 

自分自身の姿勢や動作がよろしくない。

そのことを自覚・認識しているにも関わらず、そこに問題意識を持たない、というのはいかがなものでしょう。

痛みや、崩れなど、様々な問題を感じているのにも関わらず、それを無視しているというのは、あまりにも無頓着すぎると思うのです。

そのような自分自身の身体に対して無頓着なセラピストは

実際に患者さんや利用者さんを目の前にしても、普段と同じように、細かい観察ができない。

 

だから、表面的なものにしか目が向かないし、対処することしかできないのです。

 

 

自分自身の姿勢や動作がどうなっているのか?

それを知った上で、より良い姿勢や動作を獲得しようと思ったら

 

・どのような要素が必要になってくるのか

・その必要な要素を身につけるためには、どのようなことが必要になってくるのか

 

ということを自分自身の身体で検証し続けることが重要なのです。

 

そんなことをやるセラピストって、ほとんどいないですよね?

 

 

すでにある “お粗末な” 身体で、何とかしようとしている。

そんなもので、相手の身体をより良い状態へと導くことはできないのです。

教科書とか、そういったところに載っている知識や情報だけでは、より良い姿勢や動作を引き出すことはできない。

そのことは、体験しないことには理解できない でしょう。

 

 

知識や情報としてインプットした情報というのは、あくまでも頭の中にある、抽象世界にあるものです。

現実世界の出来事として認識するには、あなた自身があなたの身体を通して現実世界で体現できる必要があるのです。

 

あなた自身の頭で学ぶのではなく、あなた自身の身体を通して学ぶ必要があるのです。

いくら頭の中で、良いイメージができても

それを現実世界に落とし込める能力がなかったら患者さんや利用者さんに、より良いものを提供できない、ということなのです。

 

表面的なもの、イメージだけをつくり出せても中身の整っていない虚像でしかなのですから。

そこを理解して欲しいのです。

 

 

いかに情報を圧縮して伝えることができるのか

 

こうして言葉によって文章で書いていますが、言葉だけの理解で終わってしまっては、意味がないのです。

何も活かせないし、より良いものなんて提供できないのです。

私たちがセラピーを通して、患者さんや利用者さんに伝えていくことって言語化できない情報をも伝えています。

 

セラピスト自身が、整った姿勢や機能的な動作を獲得し、日々の生活の中で体現することができていれば

セラピストの伝える情報というものは、たくさんの情報が凝縮したものを伝えることができるのです。

 

知識や情報でしか、より良い姿勢や動作というものを指導できないセラピストには、相手に伝えることができる情報量というものが乏しいのです。

 

これは言語化するのが難しいですね。

 

自分自身で整った姿勢や、機能的な動作を体現しているセラピストが

例えば、立ち上がり動作における屈曲相において座位姿勢の状態から、『足裏に体重を乗せていきましょう』という指示を出したします。

 

そして、骨盤とか、体幹部に手を添えているとします。

 

声かけとしては『足裏に体重を乗せていきましょう』といった簡単な言葉ですが、

患者さんや利用者さんの身体に触れている手から伝わる情報には多くの情報が含まれているのです。

 

・体幹の前傾と、骨盤の前傾の連動

・骨盤の連動に伴う、股関節の連動

・どれくらい体幹と骨盤の前傾が起こったら、大臀筋やハムストリングスの緊張が高まってくるのか

 

このように足裏に体重が乗る、ということ一つをとっても、そこに至るまでに必要な要素、流れ、プロセスというものがあるのです。

 

そういった全ての情報を含んだ上で『足裏に体重を乗せていきましょう』という声かけをしているのです。

自分自身の身体に無頓着なセラピストが『足裏に体重を乗せていきましょう』と声かけするのとは情報量の差に大きな違いが生まれるのです。

 

 

だから、必要な情報が伝わらないのでより良い動作を引き出せないのです。

 

『足裏に体重を乗せていきましょう』という言葉の中に、どれだけの情報量が含まれているのか。

それは、セラピスト自身が、どれだけ自分自身の身体と対話し、より良い姿勢や動作を探求する中で多くの情報を身につけてきたのか、ということで変わってきます。

 

探求の中での様々な経験。

その経験の中で、削ぎ落とされてきた情報が圧縮して必要な情報として込められるのです。

 

だから、同じ言葉かけをするのでも、触れるのでも相手に伝わる情報量というものに大きな差が生まれるのです。

こういったことは頭では理解できないものです。

実際に体験してみないことには、腑に落とせない。

 

つまり、多くのセラピストが狭い世界の中で生きているということなのです。

偏った知識や情報の中で生きている。

そういった狭い世界、『枠組み』に縛られている自分というものに気づかない限り、セラピストの世界は広がらないし、より良いセラピーはできないのです。

 

 

今回のブログはいかがだったでしょうか?

内容が抽象的で難しかったかもしれません。
私たちセラピストは、自分の頭の中でセラピーを展開するのではありません。

目の前の相手と対話しながら、より良い方法を模索していく。

道を開拓していくものなのです。

 

そのためには、ガイド役となるべきセラピスト自身の姿勢や動作というものを高めなければいけないと思うのです。

でないと、質の悪いものしか提供できない。

 

あなたの姿勢、動作は他者に自信を持って示せるものでしょうか?

 

そうでないなら、日々の生活の中であなた自身の身体と対話し続けながら、より良い姿勢や動作を獲得するための試行錯誤をし続けなければいけません。

 

あなたの体現している姿勢や動作以上のものは、目の前の患者さんや利用者さんには提供できないのです。

 

相手の可能性や能力を引き出すためには、まずはあなた自身の身体を整えることから始めていきましょう。

お粗末な姿勢や動作のセラピストになんて、誰もセラピーを担当して欲しいなんて思わないですから。

 

ということで、今回のブログは以上になります。

何か分からないところや、疑問がありましたら

コメントもしくは、直接メッセージで送って頂けますと幸いです。

 

最後まで読んで頂いてありがとうございました。

 

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