“部分” と “全体” の両面からモノゴトを捉える能力が重要である

      2017/01/14

 

どうも、理学療法士の魚住です。

 

“部分”  と  “全体”

この両側面から、モノゴトを捉えていくことが重要である、

ということをこのブログでは何度も書いています。

 

この部分と全体。

これについて、一つ考えて頂きたいことがあって

ブログを書くことにしました。

 

それが何なのか?

 

 

筋トレですね。

筋トレって一言で言っても、色んなやり方があります。

きちんと正しく、目的を持って、適切に筋トレができたなら

それは効果もあり、価値の高いものになるかもしれません。

 

でも、そんな筋トレをやっている人って

まあ、見かけないわけです。

 

今回のブログでは、『筋トレ』について、

“部分” と “全体” というテーマと絡めて話を展開していきたいと思います。

 

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それって本当にやることに “意味” あるの?

 

私自身も、新人の頃から、しばらくは筋トレを

患者さんや利用者さんにやっていたことがありますが、

ある時から疑問を感じてやらなくなりました。

 

今では、筋トレ不要論

筋トレ不支持派の人間です。

 

一つの理由として、

筋トレの必要性を感じない ってことです。

何か特別に、部分的に負荷をかけて筋肉を鍛える。

そこに 意味を見出せない のです。

 

 

よくあるシーンとしては、患者さんや利用者さんが

ベッドに寝ていて、車椅子に座っていて

その状態で、セラピストが徒手で抵抗負荷をかけて

筋肉を鍛えている。

 

それって、何のためにやっているの?

って思ってしまいます。

 

何か明確な目的があってやっているのであれば

何も文句はありません。

 

○○の筋力をつけるため

そういうことを言ってしまうようなセラピストがいるとしたら

それは目的でも何でもないのです。

 

筋トレをやる姿勢、関節のポジション。

そういったものが、実際の動作や姿勢と

同じ筋肉の使い方、収縮様式であれば

それは効果がある かもしれません。

 

 

でも、寝た状態、座った状態で足裏を地面に接地させて、

体重負荷がかかっていない状態で色んな方向に負荷をかけて鍛えても

それって、実際には使わない筋肉の使い方なのだから意味ないでしょ?って思うのです。

 

 

・反対側と比べて、弱いから鍛える

・反対側と比べて、細いから鍛える

 

『はぁ?』って感じです。

 

 

・左右差を解消することが

 目的であり、ゴールなのですか?

 

・反対側と同じ太さにすることが

 目的であり、ゴールなのですか?

 

筋トレをやっているセラピストに、そこを問いたい。

 

 

実際の姿勢保持や動作の際には、そのような筋活動が

行われるのでしょうか?

 

行われないのであれば、

立てないといった問題がなければ、

実際の姿勢保持や動作の中で、

筋肉を鍛えていけば良い んじゃないでしょうか?

 

 

私自身は、そうやっているのですが・・・。

長年、そうやっているのですが、

それで何か問題になることはありません。

 

筋力が弱い。

だから鍛えましょう。

そういう図式にはならない。

 

 

あなたの視点が、部分的なものにしか向いていないことが問題である

 

部分と全体の話でした。

 

ある部分の筋力が、顕著に弱い。

それは、その弱い部分だけの問題ではありませんよね?

 

その問題となる部分が、何かしらの病気や障害、怪我などによって

直接的に問題がある。

そんなことは、ほとんどない。

 

 

どちらかというと、二次的な問題として発生している ことが

ほとんどでしょう。

 

他との関連性で、そこが弱くなってしまう原因がある。

それを見極められないと、部分的に弱いところを

筋トレをして鍛えても、能力は良くならない。

 

その弱くなっている部分を鍛えることで、

部分としての問題は解決するかもしれません。

 

 

でもね、その部分が強化されることで、

全身にどのような影響を与えるのか、

ということを考えない、考えられない

セラピストって多いですよね。

 

他との関連性で、そこが弱くなっているのに

部分的にしかモノゴトを捉えることができないから

弱くなった部分のことしか見えていない。

 

そこが強くなることで、他の部分に

どのような影響を与えるのか?

そこを読み取れないといけない ですよね。

 

 

身体というものは、

有機的につながりをもって

存在している ものです。

 

なので、一部分の変化が

全身に何かしらの影響を及ぼすことになる。

 

そういった視点を持っていないと、

逆にパフォーマンスを下げてしまうことになりかねないのです。

 

 

ただ単純に鍛えればいいってことではない。

 

弱い=鍛えて強くする

 

このような発想しかないセラピストがいたとしたら

それは “痛い”  セラピストでしかない。

 

一部分を鍛えたら、全身に影響を及ぼすわけです。

一部分の変化が、全身状態を再構築させるきっかけになる。

その結果、これまで確保されていたバランスが崩されることになる。

 

 

新たに再構築された身体が、既存の状態よりも

良い状態に再構築されるのであれば、

それは何も問題がないどころか、ベストでしょう。

でも、そのような状態をつくり出すためには

部分と全体を捉える力が必要になります。

 

そこの部分がどのように変化すれば、

全体として、より良く変化する

きっかけになるのか?

 

そういったことを考えられる

セラピストであって欲しいものです。

 

 

周りがやっているから・・・

筋力が弱い=強化する

 

そのような素人目線でしかモノゴトをみれないのであれば

プロとしてどうなんでしょうか。

 

もっと広い視点でモノゴトを捉える力を

身につけて欲しいと思います。

 

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部分的に鍛えることよりも、全身をいかに協調的で、効率の良い身体づかいを獲得できるのか、ということが重要である

 

私自身は、身体の線が細いです。

なので、部分的な筋力は弱いと思います。

そのことに、コンプレックスがありました。

 

線が細い、筋肉もないし、筋力も弱い。

そのことで感じていた劣等感。

 

一時期、筋トレをやったこともあります。

プロテインも飲みながら、食事量も吐く手前まで

がっつりと詰め込み、筋トレをする。

 

でも、1キロしか増えなかった。

結果的にそれで良かったと思います。

 

 

なぜなら、筋肉がある、筋力が強いという自分を

手に入れてしまったら

身体全体をいかに協調的に、効率よく使うのか、

ということが探求できなかったからです。

 

部分的に鍛えると、見た目は太くなり、

筋肉量が増えたことにより、筋力も増えるでしょう。

 

でも、身体全体としてのバランスは低下する

 

それを、とても感じるのです。

 

 

野生動物って筋トレしますか?

しないですよね?

 

しないのに、人間よりも

はるかに高いパフォーマンスを発揮して生きている。

 

それってどういうことなんでしょう?

 

 

鍛えたからといって、身体のパフォーマンスが上がるのでしょうか?

 

筋肉がつく、筋力が増大する。

そういった意味でのパフォーマンスは向上するでしょう。

でも、全身を効率よく使うことはできなくなる。

 

部分的に鍛えてしまったがために、

身体全体としてのバランスは崩れてしまうのですから。

 

 

そういったことがスポーツ界ではよく見受けられます。

筋肉の量を増やし、その筋肉の力を増大させる。

 

筋肉の肥大化に成功したアスリートのよくある例が

身体を壊す 、ということです。

 

部分的に鍛えたがために、身体全体のバランスが崩れ

強いところと、そうじゃないところとのアンバランスで

強いところを過剰に使ってしまい、

身体に大きな負荷をかけてしまう、ということです。

 

 

プロ野球界では、そういった選手を時々みかけます。

だから、そういった選手って、よく怪我をしますよね?

それで選手生命を縮めてしまっているのです。

もったいない話です。

 

 

筋トレの影響により体幹部が箱のように固まってしまう弊害

 

話は変わって

冬季オリンピックのソチオリンピックってありましたよね?

 

そこで、選手紹介のVTRがあったのですが、

その中で筋トレをしているシーンが

紹介されていた選手が少なくなかった。

そのシーンが流された選手の成績は散々たるものでした。

 

 

具体的には、バーベルとか、

ジムに行くとよく見かけるマシーンでの筋トレを

している選手の成績が残念でした。

 

メダル候補と言われた選手にもマシーンを使って

トレーニングしているシーンが流れていました。

 

で、結果的にメダルに手が届かない。

そういった選手は少なくなかったです。

 

 

結局のところ、筋トレをやることで体幹部が

固まってしまっていたのです。

箱のようになってしまっていた。

 

だから、高いパフォーマンスが発揮できなくなってしまったのです。

 

背骨が動かない。

 

胴体を細かく割って使えないのですから、

メダル圏内には入れないのです。

 

 

確かに上位にはいけます。

でも、メダルをとるようなところまではいけない。

 

鍛えたら良い。

そんな思い込みから抜け出さないといけないのではないでしょうか?

 

 

自分の持っている身体資源をいかに発揮できるのか

 

多くの人が、外付けで考えすぎなんですよね。

 

何でもそうなんですが、

自分に足りないものを自分の外側に求める 

そういった傾向が強いのです。

 

 

それよりも、まずは

自分の持っているものを

最大限に引き出すためにはどうしたら良いのか?

 

そこを考えることが重要なのではないでしょうか?

 

すでにある身体資源をどのように活用していくのか。

そこに踏み込んで欲しいのです。

 

 

私自身も長年、そこを追求し、探求してきました。

 

身体には大きな可能性が備わっています

未開の土地を開拓していく感覚は楽しいと思います。

 

もちろん、道無き道を進まなければいけないので、

突き進むためのモチベーションを保ち続けることは

簡単ではないです。

 

でも、自分自身の可能性や能力を開花させるためには

取り組みがいのあることだと思うのです。

 

眠っているものを開花させる。

 

そこに 人間的な成長や進化が担保されている と思うのです。

 

 

まとめ

 

今回のブログは『筋トレ』について

『部分と全体』という観点から、話をすすめてきました。

いかがだったでしょうか?

 

筋トレ好きな人からは、批判も来るでしょう。

別に、それはそれで構わないのです。

 

筋トレで、きちんと効果も出している、

患者さんや利用者さんの可能性や能力を引き出している。

そう断言できて、実際により良い方向に

導くことができているのなら。

 

そうじゃない人が多いから、そこに対しての

問題提起をしているだけなのです。

 

話を部分的に捉えるのではなく、視点を上げて

捉えることができれば、このことが理解できると思います。

 

否定しているのではない。

そこを勘違いしてもらいたくないですね。

 

ということで今回のブログは以上になります。

最後まで読んで頂いて、ありがとうございました。

 

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